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学校礼拝(第18回)

2017.08.21その他

【今週の聖句】


「 このように空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしは見ることができないのか。」


(マタイによる福音書16章3節b)


奨励題  「 保証としての『しるし』 」


奨励者  学校長  榮  忍


夏休みはいかがでしたか?本校は、全道・全国からの生徒が集いますから、それぞれの家庭との関わりの意味で、地区ごとにPTAの集会を行い、学校・学年をはじめとする全体の報告と、参加された保護者の方との個人面談が行なわれます。よく聞くのは『帰ってくるたびに成長しているのが分かる』という言葉です。


毎日顔を合わせていると気づかないことも、離れていて久しぶりに会う時には目だって見えるものです。高校時代は変貌の時です。日々の変化は、近くにいると気づかなくても間を置いたときに見えてくるものです。


聖書に記される主イエスの活動は、とても目立つものでした。社会的には安定を求める人間の求めを突き崩し、本来あるべき姿を語り、それを明示できる力もありました。2000年ほど昔の社会に、どれほどの情報伝達力があったのかは想像するしかありませんが、日常とは異なる刺激を欲する人間の心情、自分の知らない新たな世界を見たいとの欲求が人間にはあるようです。でも、全く知らないものを受け止める前に、示されるものへの保証を「しるし」としたいのです。


生活に根付いた天気予報は、経験の積み重ねや統計からの推測でした。今日の聖書は主イエスが『天気を推測するしるしを見分けられるのに、社会や人間を推し量ることができない』ことを嘆いています。「しるし」は、納得できる保証でもあります。現代ならば、データの蓄積も「しるし」になるのでしょう。しかし主イエスは、魚に飲みこまれて3日後に再び歩み始め神からの使命を果たしたヨナの歩みしか『しるし』は無いと指摘し、『目の前の事実』への理解を求めます。そこには、束縛から解放された喜び、自由への招きが実現していたのです。





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