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2009年5月アーカイブ

<今週の聖句>
あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。
 (出エジプト記 20章12節)

<今週の奨励>
「与えられた契約」(肥田信長宗教主任)

法律や校則はなぜあるのでしょうか? 自分で賛成して一緒に決めたわけでもないし、勝手に誰かが作ったんだと思うかもしれません。確かに自分自身が決めたことではないことでも、守らなければならないこともあるのではないでしょうか。
旧約聖書の出エジプト記20章には、十戒について書かれています。十戒とは、神さまが人のために10か条にわたって与えられた契約です。イスラエル民族は、エジプトで奴隷としての生活をさせられていました。その苦しみから解放されて、自由を得た時に、自らの責任を果たせるようになるためには掟が必要になったのです。神さまから与えられた掟は、自由を制限するものではなく、個人の自由を守るためのものだったです。
今月の北海道新聞に、"友達親子"についての記事が書かれていました。いつも仲良しで、まるで同年代のような関係の親子。それが友達親子だそうです。その記事の最後は、「親しい仲でも礼儀大切」と締めくくっていました。十戒が与えられた時代と今の社会は少し考え方が違っているのかもしれません。それであっても今私たちが生きる時代にも通用する教えが聖書の中に書かれているのです。
お祈りの最初に「天の父なる神さま」と呼びかけて祈ることがあるかと思います。父親や母親と神さまは違う存在です。しかし、私たちは両親の存在がなければ、この世に存在できなかったのです。自分の立場はどのような状況かを謙虚に受け止めて、与えられた契約の中を歩んでいきたいものです。

<今週の聖句>
わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聴いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。
 (テサロニケの信徒への手紙一 2章13節)

 

<今週の奨励>
「神の言葉として」(榮忍校長)

驚くべき記述がここにはあります。自分の語る言葉が神の言葉として認識されたと、この手紙の著者は振り返っているのです。現代において聖書に触れる私たちは、この表現を共有できるでしょうか? ここには重要な心の態度が隠されています。

誰かの言葉に「神」を見ることの危険も我々は知らされてきました。

もし、これが成立するのなら、そこには深い信頼があります。ある意味「無条件降伏」のようにすべてを委ねる決断が求められるのです。その決断は可能でしょうか?
新約聖書に多くの手紙を残したとされるパウロは、迫害者から伝道者へと生き方を180度変え、ローマ帝国によって支配されていた各地に旅しながら、「キリストの福音」を宣べ伝えました。散在するユダヤ人の集落には「会堂」があり、そこに集う人々を中心に「ユダヤ人が十字架につけたナザレのイエスこそキリストであり、救いはここに示されている」と伝えたのです。
各地の人々にしてみれば、噂に聞くパウロ一行が来るとなれば、刺激を求めて集うでしょう。期待が前提にあれば、その時には感化を受け、彼らの言葉に耳を傾けます。正に、神の言葉として傾聴し、自分も新たにされて歩もうとしたのです。一行が滞在し、指導し続けてもらえればよかったのですが、救いを伝え広げるために一行が旅立ってしまうと、教えを自分たちで維持していかなければなりません。「神の言葉」としての本質を変えず、福音の輝きを曇らせぬ取次ぎが欠かせぬものです。聞いた者として、語る者に変えられる、その責任を共に考えましょう。

強歩遠足 強歩遠足 強歩遠足 強歩遠足

5月15日に強歩遠足が実施されました。

札幌市南区真駒内から支笏湖畔まで国道 453号線を歩きました。

気温は多少低めでしたが、生徒一人ひとりがゴール地点を目指して歩きました。

高体連・高野連地区大会壮行会 高体連・高野連地区大会壮行会 高体連・高野連地区大会壮行会 高体連・高野連地区大会壮行会 本日午後から礼拝堂にて高体連・高野連地区大会壮行会が行われ、これから地区大会に出場するクラブの部長一人ひとりから全校生徒に向けて意気込みを伝えていました。
選手宣誓の後に吹奏楽部とバトントワリング部による応援、生徒会長と赤尾教頭からメッセージが伝えられました。
開校記念礼拝(第5回) 開校記念礼拝(第5回) <今週の聖句>
信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。
 (マタイによる福音書 21章22節)

<今週の奨励>
「山をも動かす三愛精神」(村山昭二先生=前学校長)

デンマークは1864年にプロシアとの戦争に敗れ、賠償として豊かな土地を失い、荒地のみが残されました。国民の心は意気消沈し、社会状況は深刻でした。そのため、ニコラス・グルンドビーは国の発展と国民の誇りのために、デンマーク語で学べる学校の建設、農民自身による農地の所有などを提起しました。
その後、弟子のクリステン・コルが「神を愛し、隣人を愛し、祖国を愛する」の三愛精神を理念とする国民高等学校・農学校の設置を進めました。また、ダルガス親子は開墾・土壌改良と植林事業に取り組みました。その結果、デンマーク各地に植林地が作られ、牧畜が進められ、酪農王国としての復活を遂げました。
黒澤酉蔵はデンマーク酪農をモデルとして、北海道に有畜混合農業を展開し、組合製酪事業を始め、さらに酪農義塾開設と農民教育を進めました。第二次世界大戦敗戦後の教育方針の転換にあたっては、デンマークの三愛精神を教育の柱とする教育方針を定め、教育の指導理念を聖書に置くキリスト教主義学園として再出発しました。具体的にはキリスト教の教えを人格教育の「経」とし、酪農の教育・研究指導を「緯」とする農業教育構想を掲げ、高い知識と技能を持つ農業人ならびに社会人の養成を目的としました。
「神を愛し、人を愛し、土を愛する」は、人間は神によって愛されていることを知ること、その愛によって他者とともに生きること、土を生かし土が生きて働く社会を作ることであり、これが酪農学園の三愛精神です。また、黒澤酉蔵は「三愛精神と実学教育」の実りとして「健土健民」があると語っています。

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