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2010.02.01

学校礼拝(第39回)

<今週の聖句>

 「そこで王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」

( マタイによる福音書25章40節 )

 

<今週の奨励>

「見えないところを見る神」(榮  忍  学校長)

 

 礼拝ファイルを点検していて、一所懸命メモ欄と感想欄が埋められているのを読むのは嬉しいものです。でも、時々、確かに欄は埋められているのですが、この週報に載っている言葉を引き写しているばかりのものもあります。自分の言葉を見つけて、借り物でないものに整えてほしいと思います。

 さて、聖書を表面ではなく、込められたメッセージを理解し、受け止めてほしいと前回話しました。主イエスは、たとえ話をいくつも残しておられます。表面だけならただのお話です。今日の箇所も、世の終わりにおける神の選びと裁きが語られています。世界の破滅や神からお褒めの言葉をいただく注意でしょうか。

 人は神の前で自分自身を問われる時を与えられるのです。いわばそれは、他と比べられない「究極の時」です。自分では意識すらしていないことが指摘されます。「あなたはわたしを助けてくれた」と。身に覚えのないことです。王(神)を助けるようなことがあれば、忘れたりはしないでしょう。王は40節の言葉で答えます。「弱く小さな兄弟と、わたしは同じなのだ」と。自分が深く思いを寄せている者と、わたしたちは共感します。あたかも一体であるかのように。王(神)も同様に心を寄せてくださるのです。

 たとえの後半では、「自分は評価されて当然だ」と自負している者たちが退けられています。「言ってくれれば」「王と分かっていれば」彼らもそれらしく行動したのでしょう。でもそれは、身に着いたものではないのです。借り物ではない、本物を手に入れましょう。

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