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2010.02.15

学校礼拝(第41回)

<今週の聖句>

 「お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。」

( ルカによる福音書 15章32節 )

 

<今週の奨励>

 「 視点を変えてみると 」(肥田信長 宗教主任)

 

 今日の「放蕩息子のたとえ」の主な登場人物は、父と2人の息子です。父に対して「わたしが頂くことができる財産の分け前を下さい。」と弟が言うのです。そして、その時与えられた財産を全てお金に換えてしまって、遠い国に旅立って放蕩の限りを尽くしてしまうのです。

 与えられた全てを使い尽くしたときに、弟がいた地方でひどい飢饉が起こって、食べることに困り始めます。豚の世話人として働いている時に、豚の餌にも手をだしてしまいたくなる程、お腹が減ってしまいます。そんな状態になった時、父の元に帰る決心をします。自分の行動を振り返ってどのように自分の罪を告白していこうかと考えながら。「もう息子と呼ばれる資格はありません。」そのように告白した弟に対して、父は彼をもう一度自分の息子として迎え入れます。

 畑で仕事をしていた兄は、自分の家に戻ってみると、お祭り騒ぎをしている家の状況に驚きます。そして、父が放蕩の限りを尽くしていた弟が帰ってきた事を喜んでいると聞きます。自分が友達と宴会をしようとしても子山羊1匹もくれなかったのに、弟には子牛を準備して食べているのです。

 この物語は、登場人物の誰の立場で考えるかによって、感じ方が全く違って見えてきます。違った立場から一つの出来事を見ると、腹が立つ立場にいたり、ゆるしてもらいたいと思う立場にいたり、立場に変わることに気付きます。自分が今いる立場をもう一度見直して、ぜひ自分ではない他の立場からの視点でも物事を見て、自分自身が神さまからいつもゆるされてばかりいる立場にいることに気付いていきたいものです。

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