• LINE
  • fb
  • instagram
  • twitter

トピックス

学校礼拝(第30回)

2014.11.17BLOG

<今週の聖句>


 


「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」  (マルコによる福音書1章15節)


 


<今週の奨励>


 


「 人の視点、神の視点 」(学校長  榮 忍)


 


 


 「証拠を見せろ」。刑事もののドラマでよく聞く台詞です。目に映る物体は、きわめて説得力を持つのです。でも、そこを逆手にとって人を惑わすことも起こります。手品・マジックは害のないものでしょうけれど、すべてを見せているように思わせながら、巧妙に種を隠します。アリバイのトリックなども良く使われる手法です。
 真贋の目利きが問われるTV番組に「何でも鑑定団」があります。価値の高い本物を見抜けるか、思い込みでしかないのかが繰り返し示されます。美術品を始め骨董や趣味としての収集物をはじめ、あらゆるものが出てきます。物体に限らず、見えないものにもやはり真贋があります。例えば、音楽でしょうか。また、スピーチ、演説、といった言葉、礼拝での説教・奨励も問われるものです。わたしの場合、厳しい現実ですが、繰り返し話しても、一度として「うまく語れた」実感はありません。常に、「神の言葉を伝え得たか」という問いの前で、うな垂れるばかりです。
 聖書の記述は、ドキュメンタリーと言うよりも、証言集です。ある事柄を複数の視点から伝えていて、それぞれが違う表現となる場合も多くあります。神の側からの発信と、人の側での受信がずれることもあり、それらの真実を「今」、奨励として語るのです。
常に「時は満ちており」「神の国は近づいてそばに在り」「罪に気づいて悔い改めるなら」「予想している裁きではなく、赦されるという福音が示される」と主イエスが伝えたこの言葉が、新約聖書を凝縮しています。届き得ない神の視点は「真実を見抜く視点」です。自分の視点との違いを、謙遜に想像しましょう。





Recommended

sns
sns
sns

各種特設サイト