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2009.10.26

学校礼拝(第27回)

<今週の聖句 >

「わたしの軛(くびき)は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」 

( マタイによる福音書 11章30節 )

 

<今週の奨励>

「蕾」(西川謙先生)

 

 私たちは、歌に共感することがよくあります。そして、それは一般的に人間関係における辛い経験が歌われていることが多いように思います。

 人間関係などでよく見られる問題は、自分が選んだ事柄や感情の責任を負わずに、誰か他の人に責任転嫁しようとすることにあります。

 例えば、自分の行いの説明をするとき、どれだけ「~せざるを得なかった」「~のせいで」といった表現が使われているか、考えてみて下さい。このような言い方は、人間関係において自分の行いを左右しているのは自分ではないという、私たちの思い違いを露呈しています。他の誰かがコントロールしているのだと、人のせいにして、自分の基本的な責任から逃れようとしているのです。なぜなら、その責任を自分が負うのは、重くて耐えられないからです。

 だから、聖書が必要なのです。

 

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

(マタイ11章28~30節)

 

 今、もしみなさんが辛いところにいるのなら、戦う相手を間違っていないか確認する必要があります。他人が変わってくれれば解決すると思いたいところですが、あなたが変えるべきなのは、自分自身の見方や考え方です。

 自分で責任をとるようになると、結果がどうであっても、本当の満足感や、幸福感を味わうことができるのです。

 星野富弘さんの作品に、次のような詩があるので、紹介します。

 

   「幸せ という花があるとすれば

    その花の蕾のようなものだろうか

    辛い という字がある

    もう少しで 幸せ になれそうな字である」

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