【日曜メッセージ】「 立派な信仰 」

Date:2023.10.15

「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願い通りになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。

マタイによる福音書 15章28節

今日の聖書の言葉は、イエス・キリストの救いが、民族を越えて広く多くの人に準備されていることを示しています。ユダヤの民ではない女性に対して、「あなたに与えるものはない」と、一見つらく当たられるイエスの姿に思えるエピソードです。しかし、実際には、イエスご自身がこの女性に対して正面から向き合っておられることが記されているのです。女性はイエスが返事をしてくださらないことに不平を一言も言わず、与えるものはないと言われても絶対に文句を言わないのです。この時誰よりも、この女性自身が、自分はイエス・キリストから何かを頂く資格があるような者ではないことを知っていたのでした。人は神様に対して、自分がどのような存在なのかを謙虚に確かめる必要があるのです。

しかし、それでも女性はイエス・キリストが持っておられる神の力と恵みの大きさを信じていました。そこに希望があることを確信していたのです。イエスの「子供たちのパンを取って子犬にやってはいけない」との言葉に、この女性は「ごもっともです。」と答えるのです。「しかし、主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」すべてはいただけなくても、わずかしかいただけなくても、神の力は十分すぎるほどにその恵みに満ち溢れていることを信じる真心からの告白をしたのでした。この告白はこの女性の真剣な信仰を表しています。

イエス・キリストは女性の信仰を「立派だ」とした上で、「あなたの願いどおりになるように」と言われます。女性の信仰は最後までキリストの前に、疑うことのない真実なものであったのです。「癒されるように」との言葉ではなく、「あなたの願い通りになるように」とは、神の御心と女性の思いが一致するものであったことを表しています。そこに神の御業としてのイエス・キリストの素晴らしい奇跡が実現するのです。

娘が癒されたのは、神の力、イエス・キリストの力によるものであることは言うまでもありません。その神の力を信じた女性は、当たり前には得られないはずの恵みを頂いたことを知ったとき、どれほど大きな感謝を思ったことでしょうか。信仰に応えてくださる神の恵みがある。神は信じる者に必要なものをすべて与え、生かし、力づけることを、私たちも感謝して受け止めたいと思います。

宗教部長 久保木 崇