【日曜メッセージ】「私たちにとって聖書とは」
Date:2026.02.22
「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。」
(テモテへの手紙Ⅱ 3章16節)
聖書って、文字ばっかり、難しくてよくわからない、あんまりおもしろくない、昔々の話が今と何の関係があるの? そんな思いや疑問を持ったことがある人もいるのかもしれません。でも、1年また1年と一緒に礼拝で聖書を開き、聖書の時間に学びを重ねてきた皆さんにとって、聖書は少しずつ、特別な書物となって来ているのではないでしょうか。今、皆さん一人ひとりの手にある一冊のその聖書は、どんな意味を持つのでしょうか。
聖書は誰が書いたのか、それぞれ書き手がいることも研究されてきました。その結果、福音書記者や手紙の差出人は明らかにされてきました(もちろん諸説はあります)。でも、今日の聖書の言葉は、聖書は人が書いたということを超えて、「神の霊の導きの下に書かれた」と語るのです。聖書の真の著者は神だということです。では神は何のために聖書を私たちに与えたのでしょうか。真理を知らない者のために真理を教え、誘惑を受けやすい者のために時に厳しく、間違いやすい者のために正しく、神に立ち返る導きを私たちに与え、最善の道に進むために聖書はあるのです。私たちは人生の中で、これぞという道に歩みを進めたい。しかし、私たちを惑わしつまづかせ、出口のない迷路に引き込もうとするものがある。私たちはそれに引き込まれやすい弱さを持っている。だからこそ、頼るべき方、救い主イエス・キリストを私たちのために神は与えてくださいました。キリストは私たちのために十字架にかかり、そして復活し、私たちの救いを完成されました。そして、私たちを神の命に生きることができる者としてくださったと聖書は示しているのです。
キリスト教の暦では、今週の2月18日(水)から、イエス・キリストの十字架による罪の許しと、十字架で死んで葬られてから3日目に復活されたこと、キリスト教の根幹である「福音」を思って過ごす時期を迎えています。この期間を受難節(レント)と言います。聖書はキリストの十字架と復活が救いであることを告げ、私たちを聖書によってその救いへと招き、命の道を示しているのです。
(宗教主任 久保木 崇)