【日曜メッセージ】「 みな加えて与えられる 」(花の日礼拝)
Date:2026.06.21
何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。
(マタイによる福音書6章33節)
サッカーの全道大会準決勝と決勝。全校応援の熱気冷めやらぬ中、今、私たちは心に何を思い、何を刻んだことでしょうか。サッカーという競技に心惹かれ、スポーツという真剣勝負に魅了された感動もたくさんありました。でもそれを超えて、私たちの心に刻まれたのは、目に見えるものの背後にある強いメッセージだったのではないでしょうか。私たちはみんなで心から応援をし、見えなくても間違いなくある私たちの思いを確かなものとして一つにしていたと言えます。
私たちは目に映るものの方にとらわれやすいものです。現実の厳しさや障壁もその一つです。でもそれは本当に見るべきところが隠されていて、私たちを悩ませ惑わせているものです。私たちが気付くべきことはもっと奥深くにあるのではないでしょうか。目に見えているのはほんの一部にすぎません。本当に見てとるべきこと、知るべきこと、気づくべきことの本質は、私たちの視力に映るものではなく、心でこそ感じるべきものであることに気づきたいのです。
聖書は言うのです。私たちは何を食べようか、飲もうかと思い悩み、何を着ようかと思い悩む、でもそれは本質ではない。本当の本質は深いところにあり、見るよりも気づくべきことなのです。私たちは見えるところにだけ目が向きます。でも見えないところの準備、積み重ね、努力、忍耐、鍛錬、汗、涙、善意、互いの励まし、目に映らないものの価値を私たちは知ったのです。それらは何一つ欠けてはならないものです。聖書は私たちに、そのすべての背後にあってあなた方の必要をご存知である神がおられることを教えているのです。
神はあなた方にそのすべてを与えるべく用意をされているお方です。その神を私たちは「愛し」、その神が与える出会いにより人々を「愛し」、そして人生の舞台として立っている土を「愛す」ことを学ぶのです。そこに全ての必要が神によってすでに用意されていると教え、だからこそ神の存在を知ることから始めよ、まず神の国と神の義を求めよ、そこに私たちの人生の必要なものすべてはあると語っているのです。今日は「花の日礼拝」。ここに飾られた花は、その一つ一つが最高の彩を私たちに届けます。どれ一つ同じものはなく、全てが個性と輝きに満ちている花です。あなたもこの花のように、人生で素晴らしく咲くようにと、神はあなたの道を備えておられます。その神からの問いと招きに応答する人生を見つけたいものです。
(宗教主任 久保木 崇)