【日曜メッセージ】「愛による奉仕」
Date:2026.11.01
兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。律法全体は、「隣人を自分のように愛しなさい」という一句によって全うされるからです。
(ガラテヤの信徒への手紙5章13~14節)
何にも束縛されることなく、制限されることがないことを自由だと思っていますか。それも正解と言えるでしょう。その自由は、あなたにとっての自由だとして、しかし、誰を幸せにし、誰を喜ばせるものでしょうか。あなただけの自由が実現したとして、その結果はいったいどのようなものになるのでしょうか。
聖書は、人間が「罪」という、神に背く性質に束縛されていることを警告しています。それは「犯罪」という、人が作った法律に違反することとは全く別次元のものです。人は神様によって創造された存在でありながら、その神様から離れて的外れな生き方に支配されてしまう。「罪」の束縛から解放されることこそが聖書の指摘する自由なのです。その自由は、あなたにとっての自由であることはもちろん、あなたの周りにいる人々にもその自由ゆえの幸せや喜びを広げていくことができる自由となるのです。神様はこの真実の自由を私たちに与えるため、愛によって、それも命がけの愛によって私たちを救おうとなさり、それを実現されました。それがイエス・キリストの十字架なのです。
このキリストによる救いに入れられた人は、神の愛によって真実の自由を実現するのです。その根幹は神の「愛」にあるのですから、その自由は「愛」を実践する自由となっていきます。その自由は愛によって、自分のための生き方を選択することをはるかに超える選択となり、自由なあなたは共に生きる全ての人のための生き方を選択する存在となっていくのです。そこに愛による奉仕が実現するのです。
「愛によって互いに仕えなさい」、「隣人を自分のように愛しなさい」との言葉は、押し付けられた命令ではなく、あなたがそのような存在として輝くことができることを約束しているのです。
(宗教主任 久保木 崇)