【日曜メッセージ】 「 命は誰のものか 」

Date:2022.09.25

「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。」

コリントの信徒への手紙一3章16節

 聖書は、私たちの心と体は神によって創造され、神の霊が宿る神殿である、と教えています。つまり、私たちのいのちは、自分自身のものではなく、創造した神のものである。さらに、聖書は、私たちは神の霊が住む神聖なものであるゆえに、他者のいのちを奪ってはならないし、自分の命を自ら絶ってもならないと教えているのです。
しかし、現実には様々な理由によって人の命が失われる出来事が起きてしまいます。中でも、自らのいのちを絶ってしまうことは、その人にしかわからない理由があるにせよとても痛ましいことであります。イエスの弟子の一人であったイスカリオテのユダは、銀貨30枚と引き換えにイエスをユダヤ教の指導者たちに引き渡します。その後、イエスが死刑になったことを知り、師を裏切ってしまったことの後悔の念に駆られ、自分に絶望し自殺してしまいました。
イエスの一番弟子であったペトロもまた、自分の身を守るために3度もイエスを知らないと言い、師を裏切ってしまいます。しかし、ペトロは自暴自棄にはならず、自分の弱さを知りつつもイエス・キリストに従い続けていきます。罪深い自分をも赦してくれる神様の愛を信じ続けていくのです。そして、弾圧をものともせず初代教会の中心的人物となっていきます。
人はどんなことがあっても自分に絶望してはなりません。どんな失敗をしてしまっても、どんな困難に直面しても、神様の愛を信じ、希望を持ち続けることが大切です。そのような希望は、わたしたち一人ひとりのうちに住む神の霊を活かすことによって得られるものです。その方法は、聖書の中の信仰に生きた人々に学び、祈り、讃美歌によって神様をたたえることです。いのちを大切にして、自分の人生を歩み続けていきましょう。

宗教部長 渡辺 淳