【日曜メッセージ】卒業記念礼拝 「Be a caring person.」~他人を思いやる人になってほしい

Date:2024.03.03

本日は、卒業記念礼拝として行われた礼拝のメッセージをお届けいたします。

友の振りをする友もあり

兄弟よりも愛し、親密になる人もある。 (箴言18章24節)

約90年前の1936年に、ドイツで夏季オリンピックが開催されました。ナチス・ドイツの総統ヒトラーが、ドイツの国威発揚のために最大限利用したオリンピックでした。この大会には、アメリカから黒人の有名な陸上選手ジェシー・オーエンスが出場していました。彼はアメリカ代表として、100m・200m・400mリレー・走り幅跳びで優勝し、五輪史上初めて4冠を達成します。しかし「アーリア人種優越主義」を掲げたヒトラーにとって、黒人選手がオリンピックで優勝する出来事は我慢がならなかったようです。オーエンスへの金メダル授与式にヒトラーは欠席し、メダルを自ら授与することを拒みます。

実は走り幅跳びでは、ドイツ代表のルッツ・ロングがドイツの期待を一身に浴びていました。金髪で背が高く、ハンサムな彼は、正にヒトラーの掲げる理想の白人選手でした。この時の二人の選手について特別な逸話が残っています。予選でオーエンスは、最初の2つの跳躍で踏み切り板を越えて跳んでしまったためファールになり苦戦します。気負ったオーエンスがあと1回ファールになってしまえば失格になるというその時に、ロングはオーエンスの元に歩み寄ってきて、ひそかにこう耳打ちをしたのです。「君の実力なら、白線の1フィート手前から跳んでも必ず予選を通過できる。この次は1フィート手前から跳んでみたらどうか」。ロングのアドヴァイスによって、オーエンスは今度は1フィート手前から踏み切り、無事予選を通過しました。決勝ではオーエンスとロングが死闘を繰り広げた末、オーエンスが優勝します。ロングは2位でした。ロングはその後法律を学び弁護士として働きます。が、第二次世界大戦に徴兵され戦死します。黙っていれば相手が気負いのゆえに自滅し、労せず金メダルが手に入ったかもしれなかったロングが、 わざわざライバルにアドヴァイスして優勝を逃し、その後もオーエンスと親しく文通したという事実は、ヒトラーの怒りを呼びました。このオリンピックでの出来事を原因とするヒトラーの計略だったと言われていますが、ロングは戦争の最前線に送られ戦死してしまうのです。

オーエンスとロングの親交は、ロングの息子との関りへと引き継がれます。オーエンスは戦後にドイツを訪れ、彼の父親とのかかわりについて思いを込めて語り、「誰が何というと、お父さんを誇りに思いなさい」と伝えたのでした。その後、オーエンスは毎年ロングの息子にクリスマスカードを送り、支援するのでした。ロングの息子は、父ロングを誇りとして成長していくのです。このエピソードと共に、今日の聖書の言葉を重ね合わせて、メッセージを送ります。卒業して新たな道に歩みだす皆さんに、そして送り出す在校生の皆さんにも、心にとめてもらいたいと思います。

高橋 一(元酪農学園大学宗教主任)