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学校礼拝(第31回)

2017.11.20BLOG

【今週の聖句】


しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。


( ローマの信徒への手紙 5章8節)


奨 励 題  『 キリストによって誇る 』


奨 励 者  学校長  榮  忍


人の死の意味を、遺された者は問うものです。先日の芸術鑑賞で上演された「夏の庭」を、どのように受け止めたでしょうか。原作の出版は25年前ですが、東京の小学6年生が抱えている「互いの関わり方」や、「家族・家庭の課題」は今に続いているものに感じました。少年3人組は、「死」への興味から老人と関わり、思いがけず深い交流を得、お互いを改めて見直し、認め合い、それぞれの道へ分かれて行きます。「死」と真剣に向き合うとき、「命」への道が開かれることが含まれている演劇だったと思います。


聖書も、キリストの死と向き合わざるを得なかった弟子たちの様子を伝えます。自然死や病死ではなく、処刑された「死」です。指導者として期待し、民衆から信頼されていた方が処刑され、弟子たちが遺されました。彼らは、未熟な自分たちを見つめるしかないのです。安心の保証もなく、途方にくれ、ただイエスの死を問い、向き合うしかないのです。


弱いままの、頼りない自分たちが遺され、偉大な指導者が奪われた。その彼らに与えられたメッセージは、「復活の命に生きるキリストが共にいる」ことでした。このメッセージを信頼したときに、気づいたのは計り知れないほど大きな「神の愛」でした。


復活の命を約束してくださる方が、はかない自分たちをそのままに受け止めてくださった。命の源である神は、強く変えられることを条件とせず、弱さを持つ自分を愛してくださる。聖書に触れる者は、この神を誇ることができるのです。





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