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トピックス

学校礼拝(第5回)

2018.05.02BLOG

【今週の聖句】


目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。


( コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章21~22節 )


奨 励 題  『 存在の大切さ 』


奨 励 者  宗教主任  肥田 信長


今までうまくいっていたことがうまくいかないと感じる時に、自分自身の変化を考えず、相手の責任としてしまいがちです。「どうしてこの人は、自分とは違った考え方をするのだろうか?」と考えたことはありませんか。しかし、自分の考え方と他の人の考え方とは、違っていて当たり前なのです。


今日の礼拝では、“いじめ”について共に考える時としましょう。そもそも、いじめは、自分より弱いものに対して一方的かつ継続的に、身体的、心理的な攻撃を加え、相手が深刻な苦痛を感じているものです。原因は何であったとしても、一方的に圧力をかけるということは許されるものではありません。


自分の考えとは違う人に対して、相手の考えは間違っていると感じたとしても、よくよくその話を聞いてみると、「自分の考えよりも更に深い考えをしていた」ということはないでしょうか。相手の考えが自分の考え方とは違っていても、まず分かりあう道はないのかを探してみると、自分自身にとって新しい視点を得ることにつながっていくのです。


自分にとって小さな存在は、無くなっても良いのではないかと感じてしまうことがあります。しかし、その存在が無くなってしまった時、自分の生活の中の変化に気付くことがあります。無くなってからこそ大切だったと気付くものが。人の存在は小さなものなのかもしれませんが、関わる互いの存在は他に代えることができない大切にすべき存在なのです。





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