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学校礼拝(第13回)

2018.07.01BLOG

【今週の聖句】


「 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中でもっとも大いなるものは、愛である。」


( コリントの信徒への手紙Ⅰ 13章13節)


奨 励 題  『 信仰と、希望と、愛 』


奨 励 者  教頭  久保木 崇


キリスト教は「愛」の宗教と言われます。その一番大事な愛の実践は、キリストが罪人の赦(ゆる)しのために十字架に架かって、命の代償を払ってくださった事です。その命がけの愛が神の愛の根幹です。神の愛は、見返りを求めない愛、一方的に全てを尽くして与える「アガペー」と呼ばれる愛です。この神の愛こそが完成された愛であり、私たちの人生にとっての重要なテーマとなるものです。


人間の愛には、神の愛とは違って不完全さがあります。愛するためには、自分も愛されたいとの欲求が生じてしまうからです。しかし、本当の愛の姿は、求める愛ではなく与える愛なのです。その真髄を聖書の言葉は教えています。「愛」は、忍耐強い、情け深い、ねたまず、自慢せず、高ぶらず、礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かず、不義を喜ばず、真実をよろこび、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える、と言うのです。


聖書の中に示されている通り、私たちは神に愛されているからこそ、愛の中で生き、愛を実践する人となることができるのです。私たちの生涯の中でも、「愛」の実践が積み重ねられていきます。人間であるがゆえの不完全さがあっても、そこでの私たちの愛の姿は、神の愛を模範として練られていきます。その場面も方法も様々ですが、愛に基づく私たちの行いは、神の愛にならって少しずつ、すべての人に届けられていくものとして積み重ねられ、高められていくのです。


聖書は、いつまでも残るものとして信仰と希望と愛の3つを挙げます。私たちにも、信じることにより救われ、神様の導きに希望をおき、神に愛され、愛を行う人となることが約束されているのです。そのために私たちは神によって生かされ、私たちの人生が愛で満たされるように、神様は私たちを愛し続けるのです。最も大いなる「神の愛」に満たされて、豊かな愛の人生を実現する存在でありたいものです。





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