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学校礼拝(第14回)

2017.07.03BLOG

【今週の聖句】


そのとき、イエスは言われた。


「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」( ルカによる福音書  23章34節)


奨 励 題  『 知らないということ 』


奨 励 者  非常勤講師  長嶋 匡子


普段、私たちは自分のことは、 自分が一番よく知っていて、自分で自分のことを守って生きようとしているし、そのような強さを身につけるよう 求められている。

しかし、いざというときに、自分というものがこんなに頼りにならないものかと思い知らされる。一番大事な時に、様々な感情や抑えられない気持ちに戸惑い「知らない」自分に驚く。

自分は、そして他者もまた、命を与えられ、生かされている存在に過ぎないということを「知る」ことの大切さに初めて気づく。


自分も他者も「知らない」自分がいる、神だけが「知る」領域がある、それは、私たち人間の限界である。しかし、可能性、希望でもある。私たちが知らなくても、わからなくても、神が知っていてくださる。

わからなければ、すぐ解決するようにするのが、世の中の常識であろう。学習や仕事では特にそう求められる。わからないまま、放置しておくことは怠惰であったり、逃避であったりする。しかし、神から自分へ与えられたそれぞれの計画は、わからないままでもいい。忍耐強く、待つことが大切である、と聖書は語るのである。

不条理な出来事に直面し困惑したり、因果応報では、説明のつかないことに強い不安や不満をおぼえたら、そのまま神に「何故ですか。苦しい、逃げたい、助けてください」と祈ればよい。そして待ち望む。必ず訪れる「知る」時を待つことが求められている。私たちが神を「知らない」と言う時も、神は私たちを忘れたり遠ざけたり決してしない方だ、ということを信じて、「知らない」という希望を持ち、毎日を歩んでいきたい。





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