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酪農学園大学附属 とわの森三愛高等学校 > 全件表示 > BLOG > とわブログ > アドベント礼拝II(学校礼拝第32回)

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アドベント礼拝II(学校礼拝第32回)

2018.12.03BLOG

【今週の聖句】


「 祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。」


( マタイによる福音書 6章5節 )


奨 励 題  『 ん? 』


奨 励 者  非常勤講師  原 和人 氏


現代社会は情報過多。つまりそれは、沢山の情報が次から次へと耳に入ってくるという意味。それらの洪水のような情報の真偽を確認する暇もなく、また新しい情報が飛び込んでくる。その際に、それらの情報を鵜呑み(そのまま受け入れること)にしてしまいがちである。


胆振東部地震の時もそうだった。地震当日「拡散希望:知り合いの消防隊員より手稲区午後2時より断水」という情報がSNSで流れた。あるいは「1時間以内に大きな地震あり」という情報も流れた。そこで「ん?待てよ。それは本当だろうか?」と考えなければならないのに、次から次へと流れるSNSの情報に混乱してしまったのが本当のところである。


今日の聖書の部分で、イエスは弟子達に「あなたがたは偽善者であってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうとして、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。」と言う。


約2000年前の聖書の舞台であるイスラエル国は、ユダヤ教が国教であった。その指導者達は、人前に立って大声で長い祈りを行い、それが素晴らしいことだと賞賛された。それはつまり、「偉い人が祈っているのだから、正しいことなのだろう」と民衆が信じて疑わなかったことの証拠でもある。


しかし、イエスは言う。「よ~くあの祈り聞いてみ?長い時間かけて自分がどれだけ偉いか、どれだけ金や土地を持っているかを大声で叫び、それが神からのプレゼントです!と言っているだけ。要するに自慢。偉い人が祈るからと言って、それが正しい内容は限らない。まず、ん?と立ち止まって、祈りとはどういうものかをしっかり自分で考えることが必要なんだよ。よくよく考えたら、祈りは誰かのために願う内容だとわかるはずでしょ?」


イエスは鵜呑みにしないで、「ん?」と疑って、よ~く自分で考えてみようと語る。これは現代社会にも通じるはず。まずは疑い、考え、そして自分の考え・答えを出してみようと薦めている。そこから本当の信じる姿勢が生まれる。 





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